はじめに
「この歯科医院の治療はスゴイ、私の希望にピッタリだ!」ホームページを探しまくり、ついに見つけ出した理想の歯科医院。
ところが行ってみると、話がぜんぜん違います。これってどういうこと?
今や歯科医院の広告にも様々な工夫(?)が凝らされ、患者さんの呼び込みに一生懸命です。しかし限られたスペースで目を引かせるるために、詳細を伝えきれずに誤解されることも多々あるようです。
なーんだ…ということがないように、実際私たちの患者さんからお聞きした話を元に、注意していただきたい歯科医院の広告を5つを挙げて解説します。
先にお断りしておきますが、以下はすべて本当の場合も多く含まれます。しかし広告では、あたかもすべての人に当てはまるような書き方になることがあり、注意が必要ということです。
言っていることがあまりに魅力的なせいで、舞い上がってしまわないよう釘をさすのがこの記事の目的です。
お口の状況をよく訊き、本当に自分に当てはまる治療法なのかを考え、できれはセカンドオピニオンをとるために他の歯科医院へも赴くことを強くお勧めいたします。
削らない・抜かない・神経はとらない
削らない
今一番多い誤解広告がコレ。ムシ歯なのに削らないとは、どう言うことなのでしょう?
これ、正しくは「ムシ歯は削るが、健康な歯はできるだけ削らない」なのです。回りくどいですよね。だから広告の文言には使えません。
小規模なムシ歯治療とは、一昔前であればムシ歯とその周囲を含めて大きく削り、型取りをしてから後日インレーという金属の詰め物をセメント着けすることでした。健康な歯をかなり削らなくてはならないことと、見た目が悪いことが欠点でした。
しかし最近ではコンポジットレジンという歯と同じ色をした強化プラスチックの品質が上がったため、治療はできるだけムシ歯のみを削り、その穴に直接コンポジットレジンを詰める方法が優先して行われるようになってきました。
ただしこの方法はすべての治療行程を口の中で行うため、狭く暗い口の中で精密に行うにはかなりの技術が要求されます。また歯と歯の間(隣接面と言います)のムシ歯治療には特殊な器具を多用しなくてはならず、1本だけの治療でも1時間くらいはかかり、健康保険の予算から大きく外れてしまいます。
そのため保健医療機関であっても、コンポジットレジンを自由診療で行うところがあるようです。しかしこの場合、混合診療として法に抵触する可能性が出てくるので、担当の先生によく訊いておく必要があります。
コンポジットレジンが使えるのは、小規模なムシ歯治療に限定されます。奥歯の場合、かみ合わせ面の凸の部分(咬頭っていいます)の修復は、強度不足で破損や摩耗が早い時期に来る可能性がたかく、条件付き適用となります。
また歯肉の中に深くまで欠損が及んでいる場合、口の中での操作ができないため、従来通り型取りをして後日インレーをセメント着けする治療になります。
コンポジットレジンが適用できる、つまりできるだけ削らない治療ができるかどうかは、実際に始めてみなくてはわからない難しさがあります。治療前にはその可能性について、よく訊いておく必要があります。
以上のように一般に言われる削らない治療というのは、実はとってもたいへんなんですね。削らないから楽なのかと思ったら、まったく逆なのです。
ご参考までに、インレーをコンポジトレジンに交換しているビデオがこれです。
なお一時期「ムシ歯を溶かす薬」というものが話題になりましたが、ムシ歯とは最初から柔らかいものなので、わざわざ溶かさなくても治療はぜんぜん可能です。顕微鏡をきちんと使いこなせる先生には、この薬はほとんど意味がありません。
それからムシ歯の規模が大きかったり、中規模であっても歯に亀裂が入っている場合は、どうしても冠(クラウン=被せ物)を被せる治療にしなくてはならない場合があります。これも人それぞれなので、自分の希望を押し通すようなことは絶対にしないようにしましょう。
抜かない
これも何とも魅力的な響きです。
歯を抜かなくてはならない理由は大きく分けて、以下のようになります。
- ムシ歯が(欠損が)大きすぎて、上に人工物を装着することができない
- 根管治療をしたが、痛みや膿が止まらない
- 歯が割れている
- 歯周病が進行しすぎて感染源が除去しきれない
- 親知らずで手前の歯(第二大臼歯)を障害している
- 自己管理が難しく、今後の治療や維持に支障がでる歯
詳細はまた別の機会に譲りますが、抜かない治療を標榜する歯科医院がやっている方法は、だいたい以下のとおりです。
矯正で歯を引っ張り上げる
正しくは矯正的挺出(きょうせいてきていしゅつ=Extlusion)と言います。表面的に歯が無くなってしまっても、中にはまだ根っこ(歯根)が残っています。その根っこが長ければ、矯正で3mmくらい引っ張り上げてもまだ長さに余裕があり、使えることがけっこうあります。
ただし中の感染源がきちんと取りきれることが絶対条件、そうでない場合もたくさんあります。
それから引っ張った後は、だいたい歯肉の整形が必要になります。また噛み合わせの条件によっては、歯の負担能力がたりずにご希望に添えない場合もあります。
何れにせよレントゲンやCTをよく見せてもらい、可能性について説明を受けてください。
顕微鏡を用いて徹底的に根管治療をする
根管治療に顕微鏡は絶対に必要なものです(そんなことはないと言う方もたまにおられますが…)。
顕微鏡を覗くと肉眼での根管治療とは、あまりにも見落としが多いことが誰にでも解ります。これを使って根管治療を行えば、感染源の除去率が大幅に上がり、大きく治療の道が開けます。また歯根尖切除術という方法の成功率も、格段に上がりました。
しかし顕微鏡といっても万能ではありません。また顕微鏡が治療をしてくれるわけではありませんから、結果は歯科医師の技量に大きく左右されます。詳しくは、下でご説明することにしましょう。
割れた歯を接着剤でくっつける
これはけっこうリスキーな方法ですが、割れたての歯であればまだ感染が進んでいないので、接着剤でくっつけて使って行ける場合があります。
これには口の中でそのまま接着する方法と、一旦抜歯して口の外で接着し、元に戻す方法(再植といいいます)の2種類があります。
しかしそれでも感染源の除去は不確実で、接着剤も長期間くっついているわけではありません。すなわち遅かれ早かれまた割れてしまい、感染によるダメージが骨まで及び、後の治療はさらに困難になってしまいます。
この治療はかなり限定的で、たとえうまう行っているようでも必ず半年に一度はレントゲンをとり確認するなど、より慎重な姿勢がかかせません。
顕微鏡を使って歯石をとる
これも下で説明しますが、顕微鏡の出現により歯石や感染源除去は、かなり的確にできるようになりました。これをもってして、進行した歯周病であっても救うことができると宣伝されます。
ただしそれにも限界があり、根っこの先端近くまで骨が破壊されている場合は、骨や歯肉の再生は望めません。痛みがないからとそのまま放置しておくと、今度は周囲の歯に悪影響が出たり、全身に細菌の毒素が巡ってしまい、本当に命に問題が出てきます。
神経はとらない
大きなムシ歯で感染が神経まで達しているようでも、まずその神経の保存を試みることには大きな価値があります。
古くは水酸化カルシウム、現在ではMTAというセメントを顕微鏡をみながら丁寧に使うと、大きなムシ歯であっても神経が保存できるケースがかなりあります。
一旦神経をとるとどうしても再治療までの期間が短くなり、将来入れ歯やインプラントに移行する可能性が高くなります。しかし神経が保存されれば、それは遠ざけることができます。
ただし、何もしていなくても痛みが出ている場合(自発痛といいます)は、神経が感染で炎症をおこしており、残念ながら回復の見込みはありません。
また神経がすでに死んでいれば痛みが出ることもないので、神経はまだ生きていると勘違いしてしまう方がおられます。しかしすでに神経はありませんので、ご希望に沿うことはできません。
無痛治療
「歯 無痛治療」で検索すると、たいへんな数のサイトがヒットすることに驚きます。
歯の治療はどうしても痛いイメージが先行しますので、無痛と聞けば誰もが飛び着きたくなりますよね。しかしその実態はこれも「従来の方法に比べて痛くない」というもの。そしてもちろん、デメリットも知らなくてはなりません。
MI治療
MIとは「Minimum Intervention = 最小限の侵襲 = できるだけ削らない」という意味で、近年ムシ歯治療で盛んに用いられる歯科用語です。これは上でお話ししたコンポジットレジンを使った治療そのものと思ってかまいません。
なぜMI治療が無痛なのか、それはムシ歯を削るだけなら痛くないからです。そのため、麻酔注射も不要とされています。
一方従来法であるインレーを入れる治療は、一部健康な歯も削る必要がありますので削ると痛みが出やすい。コンポジットレジンでの治療が得意な先生のなかには、これをもってしてMIは「無痛」と言いたがる傾向にあります。
しかし治療の原則は、ムシ歯の取り切りです。そのためには最後は一部健康な歯を、削らないまでも触らなくてはなりません。つまり、その最後で痛みがでることが多いのです。
またコンポジットレジンを詰める前には、だいたいラバーダムというゴムシートを歯に装着する必要があります。このとき器具が歯肉に食い込んで、痛みがでる場合もあります。
程度の差こそあれ、MIだから無痛と言い切るにはちょっと無理があります。素直に最初から麻酔を使ってもらい、いつ襲ってくるか判らない痛みに怯えることなく治療を終える方が、はるかに楽ですよね。
それにもちろん、その先生がMI治療しかやらないわけではありませんしね。
レーザー
レーザーは、もっとも誤解の多い装置ではないでしょうか。発売当初から、メーカーや代理店が無痛治療の期待感を煽る宣伝をし、その誤解は未だに解けていません。
一言でレーザーといってもいろいろな種類があるのですが、歯を削ることができるのはエルビウムヤグレーザー(Er:YAG)というものです。ムシ歯の無痛治療の切り札として、1997年に華々しく発表されました。
エルビウムヤレーザーは、確かに機械で削る従来の方法に比べて痛みは出にくいです。まったく痛みを感じずに、ムシ歯を取り切るところまで行ける人もいます。
ただし、時間はかかります。能率が悪いのです。それからムシ歯を削る(本当は削ってるわけではないのですが)のは早いですが、歯の表層のエナメル質を削るのはちょっと無理があり、ここは従来通りの機械を使った方が早いのです。ムシ歯は外が小さくても中で広がっていますので、ある程度エナメル質を削除しないと、取り切ることはできないからです。
また取り切った後は、すべてコンポジットレジンによる修復治療となります。つまり、インレーやクラウンになる治療など、型取りして後日セメント着けするための治療には使えないということです。
エルビウムヤグレーザーの所有者の中には、レーザーの先進性と共に無痛治療をアピールしているところがあります。しかしその適用は限定的と覚えておいてください。
なおこのエルビウムヤグレーザーによる治療例は、以下をごらんください。確かに見ていてい面白いです。
静脈内鎮静
静脈内鎮静は、親知らずの抜歯や複雑なインプラント手術を行うときによく使う方法です。麻酔剤を点滴し眠っている状態で治療を行い、気がついたら手術が終わっている…という方法です。だいたいは傍に麻酔専門医がもう一人つきます。たしかに無意識のうちに治療が終わっているのは、楽なはずです。
さてこれを持ってして無痛と言うのは、解らなくはありません。しかし手術後の痛みは変わりません。よく考えれば当たり前なのことで、過度な期待はしないようにしましょう。
痛みは気持ちの問題
歯科治療とは、ほとんどが外科手術です。当然痛みと無関係というわけにはまいりません。ですから皆、少しでも痛みが出ない治療方法を模索しています。
さてここに一つ、大きな解決策があります。それは、治そうとする前向きな気持ちです。
緊張状態であれば、何でもないことにも痛みを感じるのが人間です。しかしもし治療に前向になれれば、人間少々の痛みもへっちゃらなものです。要は痛みとは気持ちの問題であり、逃げたい一心でいると何をしても痛いとうことです。
以下はかなり古い文章ですが、そのことについて書いたものです。私は「無痛治療」と大々的に宣伝しているところは、まったく関心いたしません。
インプラント年間○○○本の実績 CT無料
インプラントの実績は、本当にそうかもしれません。しかし気をつけなくてはならないのは、インプラント以外の治療実績です。
たとえば、根管治療で歯を残した本数は、年間何本なのでしょう?インプラントの本数の中には、顕微鏡を使って丁寧に治療すれば残せた歯はなかったでしょうか。私には過去、そのような疑問を抱く機会が何度もありました。以下のリンクをごらんください。
事実関係を調べることは難しいでしょうが、すでに歯がないかたならともかく、これから抜歯してインプラントにしようとお考えの方は、ぜひセカンドオピニオンをとるようにされていただきたいものです。
なお、インプラントを専門に行っている口腔外科専門の歯科医院においては、この限りではありません。そのような施設ではまず間違いなくインプラント以外の治療選択肢について、紹介がなされているはずだからです。
それからCTが無料というところも、ちょっと注意してもらいたいと思います。この理由は、下記のリンクをご参照ください。
顕微鏡による精密治療
上でさんざん「顕微鏡を用いることが重要」と言いながら、これはいったいどういうことでしょう?
実はちょっと言いにくいのですが、顕微鏡はあるにはあるのですが、実際には使っていない歯科医院が少なからずあるからです。これはもう10数年前から変わらない状況であり、近年は安価な顕微鏡が流通し購入者が多いので、さらに増えている感があります。顕微鏡が患者さんを呼び込むためのツールにしかなっていないところが、意外に多いということです。経緯は以下をごらんください。
たとえばホームページには顕微鏡を使っていつも精密な診療を行っているように書いてあるにもかかわらず、実際には健康保健治療では使わないとか、他の先生が使っているから今は使えないとか、この治療には顕微鏡は使う意味がないとか、まだ練習してないからとか、いろいろ理由をつけて使ってもらえないそうです。
たしかに健康保健の範囲で顕微鏡を使って治療しようとすれば、大赤字は確実です。これは日本の医療制度の大きな問題点なので、断られてもしかたがありません。
もし健康保険で顕微鏡を使い時間をかけて診療している先生がおられるのなら、それはあなたのために大きな赤字を出しているとういうことです。もちろんいつまでも赤字を出しているわけにも行かないので、いずれそうではなくなることは覚えておきましょう。
1日で終わる治療
忙しいから治療を早く終わらせてもらいたい、そんな願いを実現させる治療が増えています。
たとえばCAD/CAM(キャドキャム)といって、歯を削ったその日に冠をセットし終了という治療があります。
またインプラントでも、手術したその日のうちに仮の冠をセットし噛むことができる治療もあります。
それから、上記のコンポジットレジンによる治療も、基本的には1日で終わる治療です。
しかしどれも、初めて行ったその日に治療ができるわけではありません。治療には綿密な診査と診断が必要であり、選択肢を含めてあなたと相談する時間が必要です。結果の悪い治療を調べると、みなそれが省略されています。
またどんな治療でも、事前の歯ブラシ指導と、後日の噛み合わせの最終チェックと歯ブラシの確認が必ず必要です。
かなり前ですが、温泉一泊旅行中に新しい入れ歯を造るというツアーがありました。たしかに入れ歯はできるのですが、事前準備をせずにいきなり作りだすためにまったく使い物にならない入れ歯しかできず、調整は後日自宅近くの歯科医院で行ってくださいというものでした。あまりに無責任なやり方でクレームが多く、短期間で撤退しました。また海外旅行とセットで一日でインプラント治療を完了させるという話も聞いたことがあります。とんでもない話ですね。
とにかく、目先のスピードだけを考えた治療は、もはや治療とは言えない、破壊に近いものだということを覚えておきましょう。
おまけ:すべて健康保険でできます
健康保険のもっとも良い点は「安い」ということ、またもっとも悪い点も「安い」ことでしょう。
なぜ安いことが悪いのか、それはあまりの低予算で十分な治療や予防が行きわたらないからです。そのため治療結果に思わしくないものが多く、再治療が繰り返され、抜歯までの期間が短くなります。これが高齢社会を難しくしていることに皆が気付いているのに、諦めています。
ここではそれに関しては多くは述べませんが、すべて健康保険で十分な治療ができるように謳っているところは、一見親切に見えて実は要注意です。
治療とはあなたが考えているほど簡単ではなく、いろいろな複雑な要因が絡んでくるはずです。それらを無視したところで、長持ちする良い治療はありえません。ですから、治療方針を自分で勝手に用意するのではなく、正しい情報とそれに基づいた選択肢から治療方法を選んでください。
上に挙げた例はみな、確実な治療を手軽に受けることができそうなイメージがありますが、ちょっと気をつけて冷静に選ぶことが大切です。