はじめに
誰もが良い歯の治療を受けたいと思っています。しかし現実的には、なかなか思うような治療が受けられず、また結果もあまり思わしくないかたが多いのではないでしょうか。
歯の治療は再治療や再々治療が非常に多く、結果が出せていません。そしてそれが半ば常識化してしまい、歯なんてそんなもんさと諦める方が大半です。
いったいなぜこんな事になっているのでしょう?それは歯に対する勘違いが患者さんに、歯科医師にも、そして行政にもあるからです。そこでよくある勘違いを10選んでみました。あなたに思い当たる節はありませんか?
ムシ歯は治ると思ってる
えっ?と思ったかたが多いと思いますが、ムシ歯は絶対に治りません。悪くなるのを止めるだけです。
感染してボロボロになった部分がムシ歯ですから、それは全部とらなくてはなりません。そうすれば進行は止まりますが、これでは穴があいたままです。そこで何かしらの人工物で塞ぐのですが、これが修復とか補綴(ほてつ)と呼ばれるものです。
もちろんこれは歯の代わりとなるものであり、カゼやケガと同じように「治る」わけではありません。歯本体は「細胞」ではなく「モノ」に近いので、工作や大工さんみたいなことをしなくてはならないわけです。
修復ですから必ず歯と人工物の境目があり、ここがムシ歯の再発しやすい弱点となります。また合わせ目は不正確になりやすく、なかなかピッタリというわけには行きません。つまりプラークがとっても溜まりやすい場所になるので、今までよりもずっと注意して歯磨きをして行かなくてならないということです。
定期検診が重要ってのは、こういう意味もあるのですね。
ちなみにムシ歯を自己修復する「再石灰化」を促進するというガムがありますが、それは目に見えない程度のごく初期のムシ歯に限っての話、勘違いしないようにしましょう。
歯石はついてからとってもらえば良いと思ってる
「半年に一度は歯石をとりましょう」と聞いた事はありませんか?しかしこれは、ずいぶん呑気な話です。歯石がついているということは、すでに他に悪影響がでている可能性を考えなくてはなりません。
歯石がつくという事は、大きな磨き残しがあり、プラークが固まってしまったということ。口の中は温度36℃・湿度100%ですから、食べかすが一番腐る温度ですよね。それが半年も口の中にあるなんて、とってもキスをする気になれません!?
歯石はついてからとってもらえば良いわけではなく、できるだけつかないようにコントロールすることです。ただしそれは自分一人では無理ですから、きちんと技術を持った歯科衛生士さんに苦手な部分だけでも助けてもらいましょう。
それから歯石がつかなければ良いと勘違いしてはいけません。実は問題になるのは目に見える歯石ではなく、歯肉の中にできた歯石です。これは表面からはなかなか判断ができず、手慣れた歯科衛生士さんに顕微鏡を使ってよく診てもらう必要があります。
「私は歯を磨かなくてもムシ歯にならないし歯石も着かない」と思っているかたも多いのですが、顕微鏡で歯肉をよく見ると膿が漏れてくるかたがおられます。現代の食生活は柔らかいものがほとんどですから、歯石にならなくても歯肉の中で感染が進んでいるケースがたくさんあります。
ということで、歯石はつかないように定期的に診てもらい、歯磨きの弱点を徐々に解決してゆくようにしましょう。
痛くなってから治せばいいと思ってる
定期検診が大切って、理屈では解っていても、なかなか歯医者には行きづらい。そしてどんどん遠のいて行き、いつしか痛みや異常を感じ、しかたがなく行くのが歯医者… 昔から歯医者のイメージとはそんなものでした。
「痛くなければ異常ではない」と思いがちですが、初期のうちから痛みがでる病気はありません。つまり痛みを感じたときは末期でありすでに手遅れです。
ムシ歯の場合、ちょっとくらいの穴では痛みを感じる事はありません。かなり大きくなって神経が完全に感染してしまっても、痛くないかたは大勢いらっしゃいます。逆に知覚過敏など、ごく小さな欠損でもビリッ!という痛みを感じることも多く、痛みがあるなしだけでは自分で判断はできません。ムシ歯は大きくなれば神経を助ける事が出来なくなりますので、除去するしかありません。しかし神経をとっても、最近感染は残るという状態が頻発して再治療になるケースが特に日本では多いのです。
また歯周病も、白血球の活躍である程度腫れや痛みをおさえてくれますので、初期〜中期は自覚症状はありません。それはありがたいのですが、発見が遅れ重症化する事になります。
以上のように、自分で発見できる病気とは意外にないものです。気が付いたら治せばいいと勘違いしないよう、歯科医院を味方につける生き方が重要になります。
どこの歯医者も同じと思ってる
どこでもいいやと、つい近所の歯医者の駆け込む…緊急時でもなければそれはちょっと待ったほうがいいでしょう。どこの歯医者も同じかというと、もちろん人がやっていることですからみな違います。
たしかに健康保険を使うとなると、治療メニューは全国一律なので、似てるように感じるかもしれません。しかし治療の考え方や得意分野は皆違います。自由診療ともなると、選択肢は大きく拡がります。
注意しなくてはならないのは、大きな看板や立派なホームページを構えているところが、あなたにとって良い歯科医院というわけではないことです。人はそういうものに弱いものですが、外見だけで判断せず、できれば3件くらい回って最も相性がよさそうなところを選ぶことをお勧めします。
もちろん相性と治療技術はイコールではありませんが、治療技術はなかなか判断できるものではありません。たとえ遠方であっても、自分が気に入ったところで納得できる診療を受けるようにしましょう。
一つ良いアドバイスがあるとすれば、それは治療後の結果を写真やビデオで見せてくれるところが良い歯科医院ではないでしょうか。さらには顕微鏡を使って、治療中もリアルタイムで治療を見せてくれる歯科医院であれば、良い歯科医院である可能性はそうとう高いでしょう。
健康保険で何でも治せると思ってる
矯正やインプラントでもなければ、健康保険で何でも治せると思っていませんか?
小さなムシ歯治療でも、大きな入れ歯やブリッジでも、保険とはまったく違う技術を用意している歯科医院がほとんどです。健康保険の規格では材料に制約がありますが、それ以上に治療の原価が極端に低く抑えられているので、十分な時間をかけて治療を進めることができません。それはそのまま治療の質に影響します。
たとえば根管治療は諸外国の1/6から1/10という、信じられないような低価格で行わなくてはなりません。そのため日本は再治療などの無駄遣いはもちろん、歯が無くなる原因を止めることができないでいます。根管治療のみを自由診療で行う先生が増えているのはそのためです。
また日本では混合診療という独自の法解釈があり、健康保険と自由診療の組み合わせにも制限があり、保険を扱う医療機関ではどんなに優れた技術があっても、自由診療でも提供できない事情があります。自由診療専門の医療機関が増えているのもそのような制約を離れ、きちんとした技術を提供したいという思いがあるからでしょう。
歯科の健康保険は最低限の治療を提供するだけですので、何でも治せるような事を言う人にはちょっと気をつけた方がいいでしょう。
歯の矯正は見た目だけの問題だと思ってる
歯並びは良いに越した事はないけれで、見た目をちょと我慢すればいいだけだし、自分とは関係ないと思っていませんか?
歯並びに凸凹があると、その部分の歯磨きは急に難しくなります。また歯の位置が悪く、噛み合わせのバランスが悪いかは、自分で判断することができません。噛み合わせが悪ければ咀嚼能率は落ち、胃腸に大きな負担がかかります。若いうちは気が付きませんが、年齢を重ねるにつれボディブローのように効いてきます。
ところで80歳で歯が多く残っている人を診ると、ほとんどの方の歯並びが綺麗なことがわかります。つまり歯並びが良ければ歯磨きがしやすい、つまり早く楽にきれいに磨けるので長く歯を使えるという証拠になります。
矯正は見た目だけの問題ではなく、楽して長く使え、健康的に生きる鍵になるんですね。
入れ歯は自分の歯と同じように噛めると思ってる
歯は骨に支えられていますから、ギューッと噛むと、だいたい60kgの圧力をかける事ができます。また横に力をかけてもビクともしません。だから自由に快適に噛めるわけです。
ところが入れ歯は、薄い歯肉の上に硬いプラスチックが乗ります。歯肉の下は硬い骨ですから、柔らかい歯肉は硬い骨とプラスチックに挟まれています。ここにはとても60kgなどかけることはできず、半分以下になってしまいます。また横に力をかけると入れ歯が横滑りしやすく、結果的に痛くて噛めなくなります。
歯の欠損が少なく入れ歯が小さければまだ良いのですが、歯の欠損数が増え入れ歯が大きくなると、どんどん安定が悪く使いづらくなっていきます。
また入れ歯とは残っている歯に引っかりが要るので、どうしても大型になり、舌触りも悪く、かっこもよくないので、結局外したままで使わない方が多いのです。つまり入れ歯は、元あった自分の歯と同じようにはなかなか噛めないのです。
もちろん時間をかけて丁寧に作ればそれほど不便なものではないのですが、これも日本の健康保険制度の悪いところで、なかなか困難です。
きちんとした入れ歯を作り上げるには、インプラントで治療した場合と同じくらいのコストがかかります。最初からインプラントを勧める歯科医院が多いのは、このような事情からくるものです。
自分の歯を大切にし、たとえ悪くなってもきちんと治し、永く使って行きたいものですね。
歯がなくなってもインプラントにすれば大丈夫と思ってる
では入れ歯ではなく、インプラントなら良いかといえば、そう簡単ではありません。インプラントならでは問題もあるのです。
一番問題にはるのがインプラント周囲炎になる可能性があることです。特に歯周病で歯を失った人は超注意で、原因を解決しないまま単にインプラントを入れてしまった場合、インプラントも感染してしまい、早いスピードで骨がなくなって行きます。
インプラントは素晴らしい治療のはずですが、問題点に関してあまり広く知られていません。メインホームページでは私が書いたインプラントの本が立ち読みできますので、それらをご参照のうえ、正しい知識をもって治療を受けるようにしましょう。
歯の病気は全身と無関係だと思ってる
歯はもちろん体の一部です。しかしなぜか歯は、全身とは無関係な独立したものと勘違いされています。
たしかに歯の表面はモノに近く再生はありませんので、他と比べてちょっと特殊です。しかし歯は歯肉に囲まれ骨に支えられています。また中には神経が走っており、血が流れており全身と繋がっています。
口の中は人体最大の感染地帯ですから、そこで増殖した細菌は血流に乗り心臓に定着し炎症をおこしたり、早産の原因になったり、糖尿病を悪化させたりします。
細菌を飲み込んでばかりいると腸にまで達することもわかり、リーキーガット(腸漏れ)の原因になります。
噛み合わせが悪ければ噛む能力が落ち、胃腸に大きな負担をかけます。また自律神経系失調も引き起こします。
そして晩年には、口の中の細菌が喉を伝わり肺炎をおこし(誤嚥性肺炎といいます)、本当に命取りになってしまいます。
以上のように様々な影響を全身に及ぼすのですが、残念ながらそこまで診てもらえる歯科医院はまだまだ少ないのが現状です。歯科を選ぶときは、全身のことも診てくれる先生がいるところを選びたいものです。
自分はハギシリをしていないと思ってる
まず間違いなく、あなたはハギシリをしています。正確にいうとカミシメ(グリグリ動かさないで、圧力だけかかっている状態)も含めてなのですが、ハギシリを自覚する人は、まずいません。となりで寝てる人に指摘されても、ピンときません。カミシメは音もしませんから、隣の人にもわかりません。
しかし歯を顕微鏡で観察すると、明らかに食事で減ったとは思えない削れ方していたり、亀裂が入っているかたを頻繁に見かけます。
ハギシリは食事の時の圧力の4倍以上の力が持続してかかることが解っています。これではどんなに丈夫なものでも壊れます。
特に壊れやすいのが神経を取った歯です。芯を入れたり冠を被せて補強するのですが、それでも破損する人が絶えません。割れてしまった歯はヒビから感染し、ほとんどの場合抜歯せざるをえなくなります。
またハギシリは歯周病の進行を著しく加速します。ただでさえ歯を支える骨の負担能力が落ちているのに、ハギシリの強力な圧力がかかってしまっては、細胞が元どおりになる時間すらありません。
ハギシリは最終的に歯を失う決定打となる、たいへん高いリスク要因です。ただマウスピースを入れるだけでは解決しませんので、全身の栄養などにも詳しい先生に診てもらう必要があります。
オマケ:治療が早い歯医者、混んでいる歯科医院は良いところだと思ってる
これはもうわかりますよね。しかし人間どうしてもそういうものに弱く、自分で判断基準を持っていないと、人に合わせることをヨシとしてしまいます。
…さぁいかがだったでしょう?思い当たる節はありませんでしたか?
この記事を書いているうちに、勘違いはまだまだいっぱいあることに気がつきましたので、またの機会に書いてみたいと思います。
とにかく歯科医院選びはあなたの一生を左右します。忙しいとか時間がないなどと言わず、数件の歯科医院を訪れ話を聞き、たとえ遠方であっても自分にあった所で治療してもらうことがとても重要です。